エピローグ
十月一目。午後三時過ぎ。日本ビデオ販売の会長室の内線電話が鳴った。
佐藤は受話器を上げた。
「ラスベガスから国際電話が入っています」「回してくれ」
電話の主は春日井だった。
「どうだった」
「さっき終わりまして、勝ちました」
「エーッ?」
佐藤は驚きの声をあげた。
「どっちが?」
「二人ともです」
「エーッ?ホントか」
「二人ともKOでした」
「ウソだろ?」信じられなかった。
電話が遠くて春日井の言葉を聞き間違えているのかと思った。
「本当ですよ」
「ホントかよ、ウソだろ」
「会長、本当に二人ともKOで勝ったんです」
「ホントかよ・・・ホントに勝ったの?」
「勝ちましたよ」
春日井が、受話器の向こうで笑いながら同じ事を繰り返した。
「ウソだろ、ホントに勝ったのか・・・」
佐藤は実際、二人ともデビュー戦を飾れるとは思ってもいなかった。
金の力にモノを言わせて、弱い相手とマッチメイクしたわけじゃなかった。
アメリカじゃ、そういう話しがないわけじゃない、ということも聞いていたが、そんなことをしたらこの先、本物に育っていかない。
強いヤツとやって勝つてはじめて自信がつく。
しかし多分デビュー戦は難しいだろう。本場の選手とやって負けたとしてもいい。
そこからコンチクショーと、もっと強くなりたいと思って頑張ればいい。
デビュー戦は勉強だ。
そう思っていたのだ。だから二人とも勝ったと聞いてもどうもすぐには信じられなかった。
「そうか、勝ったか」
翌日からボクシング関係者や記者から佐藤のもとに何本も電話が入った。
そのほとんどが「浅利と酒井のデビュー戦の勝利に対してコメントを」という内容のものだった。
佐藤はある記者からの取材依頼を受け、会うことになった。
「このたびは、おめでとうございます」
「どうもありがとう。でもね、よく勝ったと思ってるんだ。僕は正直なところ勝てると思っていなかったから」
「現地での評価もなかなかのものらしいですね」
「そうらしいね。詳しくは分からないけど。これでアメリカで試合が組みやすくなるといいんだけどね」
「今回は二人でしたが、そのほかにも重量級の選手がいますよね。彼らのデビューもまたアメリカなんですか」
「うーん、福田は今回はダメだった。帰ってきて話しをしてみるけど、本人にヤル気がないのなら、辞めさせてもいいと思っているんだ。今回のリタイアもどうも心の問題らしい。ハートのね。どうしてもボクシングで食べていこうという気持ちがあれば続けさせますけどね」
「ジムの方で練習している選手もいますよね」
「二回目のオーディションで採用した仲松はしばらく練習してたんだけど、7月の末だったかな、膝を故障していることが分かったんだ。それで沖縄に帰ってしまった」
「そんなにひどい故障だったんですか」
「うん、膝の骨の一部が割れていたらしい。精密検査で手術をしてもプロのスポーツ選手としての練習には耐えられないという診断だったから」
「そうだったんですか」
「難しいよね、実際。誰も彼もが順調に育ってくれればいいけど。それでも休養してた市川は身体の状態も良くなってまた練習をはじめられるようになったし、二回目のオーディションの滝川はプロテストに受かった。これがなかなかイイ。掘り出し物かも知れない。
アメリカか、もしくは日本のほかのジムでも重量級を育てているジムがあるから、そこの選手とやらせてもいい」
「それじゃ次は、市川クンと滝川クンですか」
「そう、予定では、そうです」
「そのなかから世界を狙える選手が育つと素晴らしいですね」
「今回、デビューしてね、日本人でも重量級のクラスでやっていける手応えはつかんだ。
最初はクルーザーかライトヘビーでも将来的にヘビー級に転向させようと思っている。これから試合を重ねて、勝てばどんどん強い相手と戦うことになる。どこで壁にぶつかるか分からないけど、壁を突き破っていく選手がきっといるはずだ。だからこれからも重量級で、イイ素材がいたらどんどん採用していこうと思ってますよ」
「いつごろ、世界戦ができるでしょうかね」
「そりゃ分からない。三年後にできるかも知れないし、十年かかるかも知れない。たとえ十年、二十年かかってもヘビー級のタイトルを手にすることができればそれは本当に凄いことだ。アメリカ人のものだと思われているベルトをもってくれば、こんな痛快なことはない。まだ夢だけどね。夢だけど、日本にヘビー級の芽が育っていることだけは確かなことなんだ」
完